リカバリーショット
78歳男性。
僧帽弁置換術(機械弁)術後の人工弁感染で、再僧帽弁置換術。
僧帽弁置換術の前に僧帽弁形成術もしているので、3度目の開胸、しかも低心機能(EF 25%)のハイリスク症例です。

弁輪部感染膿瘍が特に左上(大動脈弁近傍)のあたりで激しく、掻爬した後あまり良い組織が残りませんでした。前立ちをしていた教授がその部分(Left Trigone area)に3針だけ自分で糸を掛けました。もっと十分深く針を入れないと、組織が避けてそこからLeakするのでは、と少し心配だったのですが、大動脈弁との距離があまりないので、それ以上深く針を入れることが出来ないのだろうと思いました。

通常どおり僧帽弁置換術(生体弁)を終了して、心拍再開。エコーを見て「あー。やっぱり。。」
案の定新しく入れた僧帽弁の脇から血液が漏れています。まさに心配していた場所。さらに悪い事に強度の大動脈弁逆流が。。人工弁を縫い付けた糸がやはり大動脈弁に近すぎて大動脈弁輪が引き攣れて逆流が起こっているようです。

結局心臓を再度止め僧帽弁のLeakの閉鎖と大動脈弁置換術をするはめになりました。もともとハイリスク症例に対する再再手術の上に、さらに合併症に対する手術で手術侵襲は2倍以上になります。人工心肺時間が4時間を超えどうなるか一瞬不安になりましたが、出血を止めるのにかなり苦労した以外術後経過は順調です。

どうしたらこの事態を避けられたか。。
人工弁をしっかり固定しようとして糸を深くかけると大動脈弁が引き攣れて逆流を起こすし、それを恐れて浅く掛けると人工弁の固定が甘くなり、そこから漏れがでるし。。結局両方起こってしまったので、このケースではもっとアグレッシブに心膜パッチなどで弁輪を再建するしか方法がなかったのかもしれません。彼もそこがミスジャッジだったと言っていました。でも高齢低心機能のハイリスク症例では、なるべく短時間に手術を終わらせることも大切だし。。その辺の判断が難しいところです。

手術の結果だけ見て「ああすれば良かった」とは何とでも言えるのですが、実際の現場では教科書レベルをはるかに超えた外科医個人の経験と知識でその場の判断をしていくしかありません。どんな名人でも手術は毎回小さなTrial and Errorの繰り返しで、Errorに対してどれだけ上手なリカバリーショットを打てるのかというのが、外科医の大切な技量だと思います。だから結果がOKでも60点の手術もあれば80点の手術もあります(永遠に100点には届かないと思いますが)。しかし患者さんから見たら手術は「成功 =100点」と「失敗 =0点」の2つしかないわけで、その意識の差が患者さんと医師との間におこる誤解のもとになっている気がします。

患者さんに取っては結果が全てなのだから、悪い結果が出た時に医療従事者を不審に思うのは当然だとは思うのですが、結果だけを見て「医療ミス(医療事故ではない)」とマスコミが囃し立てる近年の日本の状況を見ていると、日本の医療はいったいどこに行ってしまうのかと少し心配になります。

この症例は幸いリカバリーショットが上手く行って結果オーライでしたが、日本の場合これで結果が悪ければ「ハサミで胎盤を剥離した事は教科書には駄目と書いてあるからけしからん」といった素人見解でいきなり逮捕されてしまった産婦人科の先生みたいになってしまうのでしょうか。。

でも、エコーを見て「あちゃー」と思った直後に頭に浮かんだのは、「あの場所の糸自分で掛けなくて良かった。。。」という事でした。自分で掛けた糸だったら今でもへこんでいると思います。案の定教授にも見抜かれてました。
それにしても数ミリの違いで、、やはり恐ろしいことしてるんだなと思いました。
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by ctsurgeon | 2007-06-17 06:35
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